「私の人生は剣の刃渡りでございます。」

幼き日、進駐軍のGIが乗っているトラックに群がり、仲間のガキたちと物乞いをしていました。まだ20代の若い米軍兵士はミカンを食べながら、蔑んだ目で私たちを見ていた姿がハッキリと脳裏に焼き付いています。

GIが投げてよこしたのはミカンの実ではなく、青い皮の方でした。子供たちはその皮めがけ、我先にと向かっていき、奪い合って口に入れました。

フルーツなどなかった時代です。甘酸っぱさが口の中に広がったあの味を、今でも忘れません。

父親の5人兄弟のうち3人の弟が、母親のたった一人の弟が、先の大東亜戦争で散りました。

戦後、父親は中国大陸で兵役を終えて帰国、それまで勤めていた国鉄の機関士の仕事を捨て、傘修理の行商をはじめました。雨が降っても駄目、晴れの日が続いても駄目というニッチもサッチもいかない因果な商売です。日本中の誰もが食うや食わずの生活を余儀なくされていましたが、我が家も、晩飯はジャガイモが当たり前の、赤貧洗うがごとしの状態でした。

中学に入ってもその日暮らしが続き…

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