番組出演のためテレビ局に行きました。
コロナ禍の折の出演でございます。
この頃では少しも珍しくもないのですが、プロデューサーをはじめとして撮影に立ち会った8名のスタッフ全員が女性でございました。
スタジオではそれぞれがご自分の役割をキビキビと的確にこなし、居心地の良い収録となりました。
ボーヴォワールは「女として生きようとすると人間であることをやめなければならない」と男尊女卑社会を厳しく糾弾しましたが、今日のテレビ局の収録現場では女性であること、人間であること、職業人であることを見事に棲み分けなされ、立派にその職責を果たされる制作スタッフがそこかしこでございます。
いまだに3Kといわれるテレビの制作現場ですが、ヘナチョコな男に代わって明確に自分の人生設計を持つタフな女性に取って代わられようとしているのでございます。
下ネタを含んだ収録であるにもかかわらず、女性が主導権を握っているテレビ制作の現場は、新しい時代の予感に溢れています。
まだ自粛要請中でございましたので、女性スタッフは全員、マスクをかけておられました。
収録後にAPが「お疲れさまでした」と控室にご挨拶に来られました。その時、女性APはマスクを顔から外される、という礼儀をわきまえられたのでございます。
ドキッとしました。
余りにも、その肉厚な口唇が食べ頃のようにセクシーに思われたからです。
間髪を入れず「先走り液が漏れました」と正直に自己申告をいたしました。
女性APはさもありなん、といった風に微笑され、立ち去って行かれたのでございます。
このところの「マスクが当たり前」のご時世では、女性APは格別な出演者にはその肉厚でそそられる唇を見せることが、彼女にとっての「とっておきのおもてなし」となっているのでした。
気に入った相手にはマスクを外して、その顔の全貌を拝ませる、そんなエコヒイキが令和の時代の女性の武器となる気配がしてございます。
タクシーに乗りましたら運転手氏が次のようなことを話されておりました。
「収入は以前の4分の1以下になって、辞めていく仲間が後を絶ちません。でも新しい仕事に就くため面接に行こうとしても、このコロナ禍ではどこにも仕事がないというのです。関東だけでタクシーの運転手は何十万人もいるのですが、皆、明日はどうなるんだろうと頭を抱えていますよ」。
切実なお話でございます。
これまでタクシーの仕事一筋でやってきたのに、他の仕事に変われといっても今更どんな仕事があるというのでしょうか。
だからといって積極的に客引きをしてもどうなるというものでもありません。
タクシーは受け身の商売です。「運転しながら情けなくて涙が出てくることがありますよ」と語る運転手氏の髪は半分白髪でございました。
タクシー業界までとはいきませんが、我がAV業界は「濃厚接触」の権化でございますので、自粛を迫られてまいりました。
一部ではようやく撮影を開始する動きがありますが、以前のような日常を取り戻すにはまだ時間が必要です。
こうした「濃厚接触」が禁じられる事態となりますと、一番最初に打撃を受けるのは「全裸商売の日雇い仕事」のAV男優や女優さまでございます。
特にAV男優は急に他の仕事を、と言っても、他の仕事をできるほどの器用さを持ち合わせておりません。
色々な仕事を経験してきてようやく辿り着いたのがAV男優という仕事、という特殊な人間ばかりでございます。
他の仕事もできるほど融通がきくならば、そもそも全裸となって四つん這いになり尻の穴を撮られるなどという仕事に就くことがないのでございます。
この道しか我を生かす道なしと思うからこそ、幾多の嘲りや過酷な仕打ちに耐え、プロのAV男優としての土台を築けているのでございます。
小陰唇からしとど濡れ流れ落ちる愛液の放つニオイが、鼻が曲がるほどの異臭であっても、ニッコリと笑顔を浮かべ「ラベンダーの香り、ナイスですね」と愛で上げる言葉を瞬間芸で放つには「AVこそ天職」との覚悟が必要でございます。
が、AV男優とて人間でございます。ヒエやアワを食していては、いざという時に役に立つことができません。
「性職者」にとって食生活こそがパワーの源泉でございます。が、もう3カ月も仕事の無い日が続いて、万策尽きかけております。
少なからずの人間は社会福祉協議会に馳せ参じ、困窮者への御手当を頂戴して命をつないでいる、といったのが多くのAV男優の現状でございます。
が、考えようによってはこの度の逆境はAV男優にとってはまたとない幸運といえるものです。
演歌歌手は幸せになってはいけない、幸せになると大衆の心に寄り添った歌を歌えなくなるから、といいます。
競争馬を何十頭も所有したり、豪邸に鎮座するようになっては、人生の底辺を生きる人間に憑依して人生の応援歌を歌うことができなくなる、という意でございます。
AV男優もまた、飢餓感があればこそエネルギーを爆発させることができるのです。
「飢餓感」とは人生の成功への渇望や女体への満たされぬ「烈情」でございます。
そうした憧れの存在への野心が、人並みはずれたパワーを生み出し、見る者をして圧倒する性行為のパフォーマンスを可能にするのでございます。
その意味ではこの度のコロナ禍がもたらしたAV男優への試練は、またとないワンランク上の優れたAV男優誕生の好機となるのでは、との期待がございます。
赤く焼かれた鉄板の上に裸足で乗り、踊って見せてこそ、他に誰も真似のできない、誰のものでもない自分の世界を創り上げることができるのでございます。
そうした他にない存在にならなければ世に出ることはできない、ということです。
世に出た人は最初は誰でも異端でございます。
異端であればこそ、大衆の興味を引き、喝采を受けられたのでございます。
大衆は移り気です。いつまでもその琴線に触れるパフォーマンスを続けることは困難です。売れた瞬間から産みの苦しみがはじまるのですが、それとて心地よい虐待です。
苦しいのは、売れもせず、注目もされず、無関心のままに忘れ去られることです。
が、簡単に諦めてはなりません。もしあなたさまがその仕事が本当に好きなら、バッターボックスに立ち続けることを心掛けるべきです。
努力は天才を凌ぐ、という言葉がありますが、不十分です。
「天才を凌ぐ」のは努力以上に「好奇心」でございます。
そのことが大好きだ、というからいくらでも飽きずに努力ができるのです。
努力に勝る天才なし、といいますが、手前どもは、「努力に勝るのは好奇心だ」と考えます。
AV男優でなくても構いません。
コロナ禍の中で将来の道を失いかねない状況にある方には、もし職業選択の必要に迫られることがあったなら、世間体など考えることはお止めになって、今度は本当に自分はその仕事が好きか、好奇心を持つことができるか、を基準にお考えになられることをおすすめ致します。
好きこそモノの上手なれ、といいますが、その通りでございます。
好きになるためには、褒められることを大事にすること、でございます。
人間は社会的生きものです。他人にどう評価されるかで、自分の生きる喜びは決まってきます。
褒められるということは、そこに自分の才能の開花の可能性があるということです。
他人から褒められること、認められることを大切にして、自分の進路を決めていくことが肝要でございます。
手前どもがこの40年、エロ事師としてやってこられたのは、裏本を見た刑事の「お前はいい仕事をしているな」の一言でした。
あの時の一言で「本職の刑事が褒めるぐらいなら」と自信を持つことができたのです。
お調子者の性分ですので、すぐおだてに乗ってその気になった、というキライもございますが、誰かに認められることは人生を左右するほどのどれほど大きな力になるかを経験しています。
どんな職業の分野でも、好きでやっている人間には敵いません。何時間でも何十時間でも、刻を忘れて熱中し、疲れを知らないからです。
まるで、10代でセンズリを知りそめ、一晩に10回近く果ててもまだ飽き足らず、体の火照りがしずまることがなかった時のように、好きだということは尋常ではないパワーを授けてくれるのでございます。
それは確かに最初は社会的にも収入的にも恵まれない環境であるかもしれませんが、夢中になって取り組んでいるうちに、気がつけば富士山の8合目の大パノラマの絶景を目にすることができるのです。
コロナ禍で別の職業を選択しなければならない状況に追い込まれていたら、自分が好きと思えることを条件の第一とされることをお考えいただきたいのです。
好きだという好奇心こそが最大の武器になることを胸に刻んで、でございます。
中目黒のドン・キホーテの店の前を通りましたら、見慣れない屋台が並んでいました。
屋台は3台、それぞれに青年が立ち、一生懸命に道行く人に「いらっしゃいませ」と声をかけています。
屋台には弁当や総菜がパックに入れられて並んでいました。
屋台に立つ青年にドン・キホーテの社員の方ですか?とお伺いすると、青年から「違います」との答えが返ってきました。
「私はこのドン・キホーテの近くでレストランをやっているのですが、自粛のせいで店を閉めています。いつも調理の材料を買いに来ていて、顔なじみの店員さんにそのことを話したら“店の前に屋台を出して自慢の料理をパックに入れて売ってみたら”と提案してもらいました。店員さんは店長にそのことを話してくれて、こうして屋台をタダで出させてもらっているんです」
青年の声は少しかすれていました。
慣れない大きな声を出して、お客の呼び込みをしたせいのようです。
青年の顔はヤル気に満ち満ちていました。コロナ禍なんぞに負けてたまるか、の意地が伝わってきました。
思わず「ご苦労さまです」の言葉が口から出ました。後方で「いらっしゃいませ、ありがとうございます」、青年の元気な声が薄暮の街に響き渡っていました。
なんだか「俺も頑張らなくちゃ」と背筋がピンと伸びたのでございます。
日曜日の午後、コンビニのコピー機で週刊誌の連載の原稿をFAX送信していると、傍に年配の男性が寄ってきました…
この続きは「まぐまぐ!」でお読みください…