「借金返済のオキテ」

まもなく開催!!! 村西とおるトークライブ「村西とおるのナイスな夜VOL.6」
5月26日(木)PM7:00~
新宿ロフトプラスワン TEL:03-3205-6864

ナイスな夜を皆さまと。
アナタを絶対裏切りません!!

前売り¥3000- 当日¥3500-

【ゲスト】極楽とんぼ・山本圭壱、田中京、倉田真由美、室井佑月、
【アシスタント】現役女子大生・小眉

http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/date/2016/05/26

中学校の卒業式当日、担任の荒川先生が黒板に向かって「卒業する君たちに贈る言葉です」と書かれたのは「ダルマさん、ダルマさん、ダルマさんの目は怖いよ」でした。

同時に荒川先生はダルマさんの絵を描かれて、そこに大きな目を2つ描かれてチョークで塗りつぶしました。

「贈る言葉」といえば武者小路実篤先生や夏目漱石先生の高尚な言葉が用意されていると思っていましたので、あまりにシンプルな言葉とダルマの絵に戸惑いを覚えました。

「ダルマさんの目は怖いよ」なんて、どんな意味なんだろう、それになんだよ、あのダルマの大きな目は、と荒川先生の意図するところが分からず、せっかくの卒業記念に心にしみる言葉を期待していただけに、いささか拍子抜けでした。

同級生の仲間に「どういう意味だろう」と質問しても「さあ、わがんねぇ(福島弁)」と要領を得ない答えばかりでした。

クラスの学級委員長だった頭の一番いい男子生徒に尋ねても「なんだっぺ」と首を傾げるだけです。

卒業生690人近くの内で、下位から5番以内を堅持していた手前どもです。

自分の頭では理解できないことを荒川先生はおっしゃったんだ、と、言葉の意味をそれ以上探ることを諦めました。

高校に進み、(学年で最下位から5番以内でも入学できたのですから不思議なものです)、卒業してからも荒川先生があの卒業式の当日に黒板に描かれた大きなダルマの目と「ダルマさん、ダルマさん、ダルマさんの目は怖いよ」の言葉が時々頭に浮かびました。

一体、あの言葉と絵の意味はなんだったんだろう、と頭の隅で問いかけている自分がいました。

担任の荒川先生は30代前半の男勝りでやる気満々の先生でした。

専門は数学でしたが、歴史にも造詣が深く、授業中に時々脱線して歴史上の人物についての講話となることもしばしばでした。

歴史上の人物のロマンを熱く語る先生が好きでした。

勉強が不出来な手前どもにも差別的な言動をとることなく、たまに合格点を取ると「いいぞ、その調子だ」と励ましの声をかけてくれました。

荒川先生は日教組の活動にも熱心で、時々授業時間が始まっても教室に遅れてくる時がありました。

ワケ知りの同級生は「荒川先生は職員室で校長や教頭をよくつるし上げているから授業にも遅れるんだ」と話していたこともありました。

一度、市議会議員選挙が行われた時、荒川先生は教壇から「君たちのご両親には、今の政治で本当にいいか、とよく伝えてください」と情熱的に語られたほどの、組合活動にも熱心な先生でした。

今なら大問題となるところですが50数年前の日本の教育現場では日教組の組合運動が幅をきかせていて、生徒へのそうしたアピールも許されていたのです。

しかし、手前どもは先生が好きでした。

一直線に目的に向かって突き進んでいく人間の純粋さが子供心に感じられて、好感を持っていました。

そんな尊敬していた荒川先生が、どうでもいいくだらないことを、担任していた子供たちの卒業記念に贈る言葉として言う筈がない、との思いがあったのです。

なんとしても「アノ言葉」の謎解きをしたい、との思いが年を経るにつれ、強くなっていったのです。

そして40代に入った時のことでした。なにかの拍子にあの「ダルマさん」の言葉が頭に浮かび、「なんだ、そういうことだったのか」とその解が閃いたのです。

荒川先生がおっしゃられていた「ダルマさん、ダルマさん、ダルマさんの目は怖いよ」の意味は「自分のウソが世間にバレていないと思ったら大間違いだよ、上からちゃんと見ているダルマさんの目があるよ、ダルマさんの目は怖いよ、ウソを許さないよ、全部お見通しだよ、だから真面目に正直に生きないとダメだよ、こっそりインチキをしてもダルマさんが見破って怒るよ、コツコツと努力を続ける正直者の人生を送らないといけないよ」ということであったことに気がついたのでございます。

考えてみればなんと単純な答えであったのでありましょうか。

この単純な答えに行き着くまでに中学校を卒業しておよそ25年以上の歳月を必要としたのでございます。

大山倍達は空手で一撃を加えた相手が、そのダメージで20年後、倒れるという神技を会得したと語り継がれております。

まさに、荒川先生の「贈る言葉」も「25年の歳月を経て」ようやく手前どもの五臓六腑に染み渡ったのでございました。

舛添痴事の釈明会見をテレビで見ておりますと、あの50数年前の中学校の卒業式の日に、教室で黒板に「ダルマさんは怖いよ」と絵と文字を描いて説かれた、荒川先生を思い出すのでございます。

「荒川先生、手前どもは中学を690人中、最下位から5番以内で卒業、のウスラバカでございましたが、お陰さまで25年経ってその言葉の意味をようやく理解することができました。しかしながら同じ67歳の齢を数えながら、それも東大法学部卒という学歴の持ち主であるにもかかわらず、まだ”ダルマさんの目が怖い”ことに思い至らない東京都痴事の任にある痴れ者がいるのでございます」

そうご報告したい気持ちでございます。

先週に引き続いて何度も、あのポンタのことを書くのは気が引けるのでございますが、自分以外は全員師である、との碩学の教えを学ぶならば舛添痴事は自らの「ウンチ」の存在を世間に知らしめることによって、何を学ばせようとしておられるのでありましょうか。

単なるバカヤロー、コノヤロー、に堕ちることなく痴事の居座りの真意を今こそ汲み取るべきではないか、と考えるのでございます。

舛添痴事は一方においては「政治学者」であられますのに、釈明会見では「政治資金については弁護士先生に」と述べられておられました。

当代一流の、と自称されていた政治学者にして弁護士先生にご相談しなければならない、とは面妖なことでございます。

政治家にとって政治資金の問題は政治家がよって立つところの大事な問題でございますのに、それをいちいち判断するのに「弁護士先生に相談しなければならない」なんて、大将はこれまで何の政治学を学んできたのでございましょうか。

舛添痴事の、滑稽を通り越して哀れを誘う姿を見るにつけ、東大方法学部卒や政治学者にロクな奴がいないことを改めて知らされるのでございます。

こんな「ウンチ」をテッペンに仰いで生活するのはマッピラご免、誰か、早く別の新しい人物を知事に、と期待するのでございますが、見渡せば、五十歩百歩の三太郎ばかりでございまして、放置プレイのお仕置きをされたかのごときの喪失感に都民は襲われているのでございます。

土曜日の新宿で早々と、片山さつきさまが「私こそは都知事に」といった街宣をぶたれているのに遭遇いたしました。

この前夫人、国会の委員長の職にあって遅刻常習犯を咎められ、泣き崩れた、情緒不安定な方でございます。

図々しさでは前夫に負けないものがございましょうが、いい加減、都民を舐めた悪ふざけは止めにしてもらいたいものでございます。

NHKで毎週金曜日の夜11時近くに放送されている「ドキュメント72時間」という番組がございます。

先週の金曜日のソレはフードコートにカメラを持ち込んでの人間模様を映し出していました。

折しも67歳の舛添痴事や手前どもと同年輩のご主人が一人でお食事をされておりました。

インタビューに答えられて、「奥方には数年前に癌で先立たれた」とのことでございます。

それでもご自分は頑張って頑張って、頑張れるだけ働きたい、と話されました。

一人娘が障がいを持たれているために、「自分が先に死んでしまうわけにはいかない、娘を看取ってから逝きたい」と語られたのでございます。

ご自身も数年前に大腸癌を患われた身でもあるのでした。

世の中にはこうした、家族のために、舛添痴事と同じ年齢でありながら働くことを止めることができず、障がいを持った娘を抱えて踏ん張っているお父さんがいるのでございます。

比べて舛添痴事の、都民の税金を自分の財布にした王侯貴族のごとき贅沢な生活ぶり、この男に天罰が下らずに、他のどんなワルに天罰が下るというのでしょうか。

沖縄で元海兵隊の軍属米国人による若い女性の殺害事件が起きました。

まったく、こんな野蛮人にこそ「死ね」の言葉が放たれて相応しいのでございますが、基地反対派は鬼の首を取ったかの如くに大騒ぎ、でございます。

一方、賛成派や政府首脳は言葉もなく黙するのみ、でございます。

南シナ海で米国偵察機に中国戦闘機が衝突寸前になるまで異常接近する、という事態が発生しています。

あわや第二の海南島事件か、と危機感をつのらせる状況となっています。

南シナ海の事態は時間の問題で東シナ海の問題となるのは明らかです。

中国は、やると言ったら絶対にやる、国柄です。

南シナ海や東シナ海は中国にとって核心的利益であると言明している以上、その侵略の手を緩めることはありえません。

「他国が日本に攻めてくるなんて考えられない」「すべては外交問題で円満に話し合えば済むこと」といった楽観的な考えは現実を直視しない、無責任な考えであると言わざるをえません。

我々は戦後の廃墟の中から「泣きながら生きて」ようやく今日の繁栄を手にしました。

この平和な日本の繁栄と豊かさを維持しようとするなら、再び泣きながらでも米国と共同歩調をとって、中国の脅威に備えなければなりません。

被害者女性のあまりにもお気の毒な死は、なんとも許しがたいものですが、しかしこのことで日米の緊密な防衛体制にヒビが入ることは、瞬時でも許されないことです。

他人の不幸は蜜の味、と考える極左が沖縄で「基地反対」のデモをしています。

ここは歯をくいしばって、つけ入る隙を決して与えてはならないのです。

それにしてもあの残酷な犯行を行った犯人の元海兵隊員の獣。

逮捕され警察に連行されていく時に、頭からフードをかぶって顔を隠していました。

テレビでは大々的に本人の顔写真が報道されているのに、何を今更、でございます。

頭隠して尾を隠さず、ダチョウのごときみっともない仕草はこの期に及んで止めるべきでございます。

どうせこの先何十年も、生きてシャバを見ることのできない身であれば、堂々と顔をあげてこの世の名残となる塀の外の風景を、ジックリそのけがれた瞳の奥に刻印しておいた方が身のため、というものでございます。

こうした人殺しの野蛮人に限らず、鬼畜のごとき人でなしの犯行に及んでいながら、いざ逮捕されたりいたしますと、顔をジャケットなどで覆って隠すのでございます。

どこまで自分が可愛いのか、と罵ってやりたい思いがこみ上げてきます。

犯罪を犯した人間の顔を隠すのに、捜査当局も協力しすぎでございます。

裁判で有罪の判決が下るまでは人権に配慮する、という人権意識の表れでございましょうが、本人も凶行を認めている凶悪犯に、なんでことさら協力する必要があるのでしょうか。

中には、顔を世間の皆さまにサラして謝罪したいとの贖罪意識を持つ犯罪者もいるはずでございます。

捜査当局はせめて本人に「顔を見せて世間の皆さまや被害者家族の皆さまにお詫びしなさい」とのアドバイスがあって然るべき、でございます。

人を殺すという重大な犯罪を犯していながら、往生際の悪い顔隠しなどをするから、ますます憎らしさが増すのでございます。

手前どもの例で恐縮ですが、これまで日本で6回、米国で1回、前手錠をかけられて連行されたことがございますが、一度たりとも顔を隠すことをいたしたことはございません。

自分は、なにも悪いことをしたワケではない、時代の先を行き過ぎているだけだ、との自信が顔を隠すことを許さなかったのです。

と申し上げても、世間を騒がせたことは事実でございますから、尚更、お詫びの意味でもその顔をサラすのが妥当なのでございます。

今でも「YouTube」で、逮捕されたあの頃の映像が流れて確認できますが、悪漢なりの堂々とした顔見せぶりに我がことながら惚れ惚れといたしております。

お金のことで他人様から信頼を得る、ということは大変なことでございます…

この続きは「まぐまぐ!」でお読みください...
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