「渡辺裕之さまの自死の真相」

 

知人の年配女性は古希を迎えた未亡人です。
 
20年前、先に旅立ったご亭主が遺してくれたアパート経営で老後の生活を何不自由なく暮らしています。
 
が、アパートの中の住居人の一人に半年近くも家賃を滞納している方がおりました。
 
普段は顔をあわせると、その40代の中年男性は「こんにちは」と向こうから大きな声で挨拶を交わしてくれる礼儀正しい借家人でしたので、明日は払ってくれるだろうとズルズルと引き延ばしているうちに半年が経ってしまっていたという次第です。
 
このまま放置しておくワケにはいかないと、心苦しさが募りましたが、電話で家賃の催促を致しました。
 
すると電話の向こうから「申し訳ございません、お許しください。このコロナ禍で仕事が上手くいかず、まとまったお金が入る予定がありますので、それまでお待ちいただけないでしょうか」と涙声で懇願してきたのです。
 
大の男が泣く声を初めて聞いた知人女性は驚き「ごめんなさいね、無理なさらないでくださいね」とつい優しい言葉をかけたのでした。
 
それからしばらくして、所轄の警察署の刑事さんたちがやってきました。件の涙声の借家人を詐欺で逮捕したので証拠固めの家宅捜索をするというのです。
 
担当の刑事さんによれば、逮捕された借家人は「詐欺師」としてはその筋の間では有名人で、相当の余罪があるという話なのです。
 
大家の知人女性は「あんな温厚で頭の低い人が詐欺師だったなんて」と信じられない思いでした。
 
何かの間違いではないか、と考えましたが、刑事さんが嘘をつく訳がないと、波立つ心を静めたのです。
 
それでも、と知人の大家の女性は「もし悔い改めてやり直すようなことがあったら、またアパートの部屋を貸してもいい」と思ったというのです。
 
世間知らずの未亡人が詐欺師の口車に乗って追い銭をくれてやるつもりか、と傍から見れば嘲笑の対象となる話ですが、手前どもは「人間はそうでなくちゃいけない、最後まで信じてくれる人がいればこそ、立ち直れるのだ」と大家女性の心の寛容さに我が意を得たり、となったのでございます。
 
大家女性の心の中に、その詐欺師のためになってやりたいという気持ちがどれだけあってのことかはわかりませんが、わかっているのは大家女性は、たとえ道を外れた人間であっても、困っている人の姿を見たら助けたくて仕方がない性分の人なのではないのか、と考えるのです。
 
他人にどう思われるかというより、人のために生きることに生き甲斐を感じる人間性の持ち主なのでした。
 
この未亡人女性の大家さんのように、世の中には損得勘定なしで、人のために尽くし生きることを生き甲斐とされている人間がいるのでございます。
 
 
 
広島を中心として活躍されている映画監督・横山雄二さまの新作「愚か者のブルース」の試写を拝見しました…
 

 

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