先週の中頃でございました。マンションを出て桜の花を眺めながら駅に向かう道を歩いておりました。
と、突然若い女性から声をかけられたのでございます。 彼女はスマホを見せて、「ここに行きたいんです」と訴えてきました。
片言の日本語でございます。 一見して東南アジア系の女性であることがわかりました。
道を行き交う人は、手前どもだけではありませんでした。他に男性もいれば女性の姿もありました。
なのにどうして手前どもに尋ねられたのでありましょうか。
人は見た目が9割、といいます。その見た目が9割、という厳しい現実を日頃から受け止めて生きております。
この頃では警察官から職務質問を受けることがめっきり少なくなりましたが、以前は見た目が災いして職務質問を受ける常連でございました。
日に2度も職務質問を受けたこともございます。 多い時には週に3回も、という経験をしております。
いっそ警察に「職務質問OKカード」などを発行してくれないだろうか、と思ったほどでございます。
若い時は情熱にかまけて、外見をさほど気にすることはありませんでした。
が、60歳を超えた頃から、自分の外見の悪さを意識するようになりました。
なんという悪相なのだ、と救いのないその顔相の悪さに落ち込んだのです。
何を今更、でございますが、齢を数えると今までは素通りしていた「真実」といったものにぶち当たるものでございます。
よくもこんな悪相で世渡りしてきたものよ、と自分ながら呆れ果てております。
よく初対面の方は、手前どもの顔を見ると息を飲むように「ハッ」とした表情を見せられます。 以前はそれを、自分が放つ独特のオーラのせいだと自惚れておりました。 ところが、60歳を過ぎて判明したことは、それはオーラでもなんでもなく、手前どもが持つ醜悪な顔のせいであったのでございます。
他人と違うことを心掛けて成功と性交をひたすら追いかけてきた挙句に、他人さまがつい顔をそむけるような顔になり果てたのでございます。
手前どもの女房ドノに「アナタほど鼻持ちならない男を見たことがない」と言われたことがあります。 女房ドノが申される…
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